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私は「シカ注意」で考えた
石黒

 学生時代のクラスメートが年に一度のライブコンサートを北海道で開催。100名を超す熱烈なパトロンが日本各地から参集、自称パンクロックカーの4人組の平均年齢は55歳。ヘア&メイクを30年担当してきた私も、開演2時間前から楽屋に缶詰。「少年メリケンサック似に!」「イケテ無い不良っぽく!」「ピュア&ナチュラル調に」「ボストンの街角のドラマー風に!」、懲りないオヤジミュージシャンの無理難題。支離滅裂・魑魅魍魎…形容する言葉が見つからない総立ちの観衆、ボーカルの絶叫が北海道の寒空に響き渡る。
 
 翌日、昨夜の『狂宴』を反芻しつつレンタカーで『ミルクロード』と呼ばれる国道272号線で標津町を目指す。別海町郊外に点在する大規模農場では牛が草を食み(左の写真は霧多布で撮影)、生乳を運ぶタンクローリーが行き交う。視線の先には『シカ飛出し注意』の幟旗、ご丁寧に路面のアスファルトにも『シカ注意』のペインティングが50mおきに。北陸自動車道の倶利伽羅峠付近にも『動物侵入注意』と鹿を描いた黄色い標識はあるが、野生の鹿が飛出すとは誰も思わず。が、北海道では写真の如く。(別海町で撮影)
 
 鹿の飛出しに細心の注意を払い北海道東部の原野を走破すること5時間余、『野付半島、トドワラ(海水の侵入によりトドマツやミズナラが立ち枯れ、荒涼とした風景を見せている)』に到着。湿地帯はオオハクチョウやキアシシギなど渡り鳥の中継地となり、ハマナスやナナカマドが生茂る。夕刻気温7℃、長く突き出た砂嘴(さし)の果てに夕日が沈み、朽ちた倒木群が自然の摂理を啓示する。(中略)漁港近くの民宿での夕食時、秋刀魚を焼くのおばさんが手を止め「日の出綺麗だよう、なんも5時に起きればいいっしょ!」。
 
 野付半島、午前5時31分、気温5℃吐く息が白い。海に突き出た防波堤、防寒具に身を固めた釣人。その瞬間竿が撓る。「鮭だっ!メスだっ、メスだっ!」、釣人の歓喜の絶叫が真っ赤な太陽を映し出す海面に響き渡る。

J-PRESS 2013年 11月号