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私は「厨房」で考えた
石黒

 「上質の食材が織成す美食」から縁遠くなった昨今、されど食欲の呪縛から逃げ切れない私。TV番組の「チューボーですよ(TUT)」と「北陸食遺産(HAB)」は欠かさずビデオ録画、休日じっくり鑑賞。肉汁が溢れ出す肉隗、湯気とともに立上る芳しい香、作り手の熟練の技が織成す至高の演出。液晶画面に映し出される垂涎の料理に身も心を奪われ、今にも襲い掛からんとする自分の姿にハッとすること幾度。
 
 中華料理の定番、海老のチリソース炒めに挑戦。鮮魚売場には大正海老、ブラックタイガー、昨今はバナメイ海老(ハワイ近海産)、産地もチリ、タイ、ベトナムと様々。大振りで安価なバナメイ海老を購入、殻を外し背わたを取り卵白と日本酒で下ごしらえ。「あっ腹わたが!?」何度も海老チリに挑戦していたのに大発見。難関は親子丼、卵は鍋の中心から「の」の字を書いて、卵白はほとんど切らず、二段階投入。
 
 「男子厨房に入らず」はこのご時世には…。「dancyu」という名の料理雑誌が創刊されて22年。企業戦士が週末ともなると厨房に攻入る姿が目に浮かぶ。国内外食産業がサーブする小手先の料理に飽き足らないわがままな輩は、海鮮チジミを食べに東菜温泉へ、上海蟹を堪能するため陽澄湖へ、究極のボロネーゼを求めボローニャへ。「これが俺の求めていた味だ!」、多大な航空運賃を払った正当性に頷く。
 
 長時間のフライトに耐えられない、かと言って「あー美味しかった」との常連客の評価を鵜呑みに、日々の研鑽を怠る料理人には辟易。試行錯誤を重ねた食感、芳しいスパイス、身も心も躍る盛付けに再び出会いたい!解決策はただ一つ、自分自身が食材の選択・下ごしらえ・調理・盛付けの全てをやり遂げるしかない。意気込んで作った筑前煮、沖縄出身の母の一言「これ筑前煮? 煮込みが全く足りない!」。非難轟々、修行の道は永く険しい。

J-PRESS 2013年 1月号