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私は「海岸」で考えた
石黒

 週一度お世話になる高岡駅前の定食屋、お盆休みが明けてもシャッターが閉まったまま。営業が再開されたのは一週間後、「何度も来たがけ? 息子達と沖縄に行っとったがいぜ」。短い休憩時間に手早く昼食をと目論むサラリーマンは蚊帳の外、調理場の老夫婦はカウンター越しに沖縄珍道中を熱く語り続ける。「海ブドウちゃ食べたことあるけ? 沖縄の海ゆうたら…」。新聞報道によると航空会社のドル箱はやはり沖縄などのリゾート路線、昨年比で10%以上の伸びだとか。
 
 昨今芸能界を牛耳る芸能人A、沖縄には相当思い入れがあるらしく数年前から離島Xで飲食店を経営、沖縄旅行に関する指南書を出版、詳しく優しく丁寧に沖縄へと導いてくれる。さらにこの夏離島Yに民宿を開業、スタッフは公募で厳選、宿泊客をもてなす食材は自家農園で栽培するというこだわり。オープニングの模様はTV局がスペシャル番組を企画、ゲストには著名な元プロ野球選手B、ゴージャス極まりないC姉妹の姿までも。キャンセル待ちも出来無い盛況が続く。
 
 先日沖縄本島からフェリーが一日1便の離島Z(人口900人)に行く機会があった。わずか6軒の民宿があるだけ、小・中学校、郵便局、診療所、漁協の建物も。一周10km程度、刈取りを待つサトウキビ畑、炎天下草を食むヤギや牛、歓声を上げる無邪気な子供たち、黙々と畑の草取りをする老婆の姿。数キロ続く白い砂浜には観光客はおろか人の姿はない、蝉の鳴声が時間を止め、水平線の彼方に釣り人が陽炎のように見え隠れする。
 
 低緯度のZ島、直射日光が真上から容赦無く照りつけ、デイパックは背中に食い込む。「Z島観光協会 レンタサイクルあります」の看板が。「小さな島ですから慌てないで。返却時間は5時までですが、私6時くらいまで居ますからそれまででも…」。星が見たくてZ島に移住した彼、問わず語りに、「Z島、何も無くて不便でしょう。X、Yのように本州資本に不動産を買い漁られるの、村が認めないんですよ。だって海岸全部が本州の人の物で、島民が奥に追いやられるって…」。
 
 帰りのフェリーが港を出る、海岸に黄色い風船を一心に振る民宿のおばさんの姿が見えた。

J-PRESS 2010年 9月号