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ワは若者のワ
石川

 「今時の若いもんは…」と嘆く言葉が3000年以上前の古代ヒッタイト王国の粘土板にも刻まれていたという話を聞いたとき、いつの時代も年長者は若者に不満を感じるものなんだと微笑ましく感じたのを思えています。
 
 例えば、誰も足を踏み入れたことの無い山を登るために生い茂る草を刈り、立ちはだかる木々を伐採し、なんとか道と呼べそうなルートを切り開くには想像を絶する苦労が必要でしょう。そんな苦労をいとわずに道を切り開いてくれた先人は、きっと後から来る人が楽に登れるようにと思って頑張ったに違いありません。
 
 さらに後世の人間によって、土を踏み固めただけの道には木や石で階段が作られ、危ない場所には柵が作られ、さらにはセメントで舗装され、アスファルトでさらに歩きやすい舗装に改良され、老若男女誰でも気軽に登れる遊歩道へと変化していきます。
 
 でも、そこで先人の一部が「俺たちはあんなに頑張って道を切り開いたのに、奴らは何の苦労も無くお気楽に歩いている。ハングリー精神が足りん!」などと不服を言い出したりするのが世の常。後世の人々が楽に過ごせる環境を残してあげようと頑張ったのに、実際に楽をしているのを見ると愚痴ってしまう。矛盾しているようですけど、分かる気もします。自分だって携帯電話を持つ中高生を見ると、「自分が中学生のころは友達に電話すると親御さんが出て取り次いでもらわなきゃいけないし、夜は遠慮しなきゃいけなかったし、いろいろ苦労が…」などと昔話を口にしそうになりますし。
 
 60年以上前、戦争に負けて国全体が貧しかった時代、着るもの、食べるもの、住むところに困らない豊かな世の中をつくって子孫に楽をさせてやろうと父母や祖父母、そしてさらに上の世代は必死に頑張ってくれました。当時の人たちが一所懸命勉強して、一所懸命働いてくれたからこそ今の豊かな日本で我々は暮らしています。
 
 だから愚痴のひとつやふたつ、いや百でも千でも言ってもらいましょう。建設的な意見はよく聞き、ただの愚痴は馬耳東風。それが頑張ってくれた先人へのせめてもの礼儀だと思います。
 
 頑張らなくても「そこそこ良い」生活が送れるようになってしまった現代ですが、頑張った分だけ「より良い」生活を実現できる可能性はたくさん残っています。将来「今時の若いもんは…」と言わなくてすむように、若いうちに出来るだけのことをしておきましょう。今月のコラムは、「こどもの日」を前に自戒の意味もこめての雑感。

J-PRESS 2009年 5月号