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プラハの街を歩いてみた
木村

 高校時代の友人が、2005年の春からオランダの東端エンスヘデという町に住んでいます。エンスヘデにあるトゥエンテ大学から、ある研究活動に呼ばれたものです。ドイツとの国境沿いにある小さな町で、移動の際は鉄道で国境を越え、W杯の会場にもなったドルトムントの空港から各地へ出かけることが多いそうです。彼の(というより奥様の)ブログには、「研究室ではとなりの席のイタリア人と仲良し」だの、「同じ職場のロシア人に夕食に招かれた」だの、「韓国人の友だちが研究期間を終えて帰国した」だの、まぁ国際色豊かな様子がつづられています。
 この春、一時帰国した彼らと食事をした際に、「今年こそヨーロッパへおいでよ。一緒に念願のプラハへ行こう。」というような話になりました。念願というのは、もう何年も前から『プラハの街を歩いてみた』のキャッチに惹かれて、世界でも最も美しい(と私が勝手に思っている)プラハの街を、いつかきっと訪れてみたいと常々話していたことによるものです。
 
 私は高校時代、大学時代と音楽をやっていた関係もあって、音楽の都プラハ・ウィーン・ブダペストには今も深い思い入れがあります。ニューイヤーコンサートで毎年必ず演奏される「美しく青きドナウ」や、合唱コンクールでときどき歌われる「モルダウ」などはすべてこの地方に由来するものです。特に「モルダウ」は、当時オーストリア帝国の支配下にあったチェコスロバキア国民が、祖国を想い国歌のように歌ったものと伝えられています。今年はモーツァルト生誕250年でもあり、各地で音楽祭も開催されています。そんな中、「プラハから鉄道でウィーン、ブダペストまで足をのばそう」のお誘いに、夏の東欧訪問は決定、チケットや宿泊先の手配が進みました。…結局、直前になって彼の学会出席が決まったため、残念ながら念願の東欧訪問は中止となりましたが…。
 
 以前、司法修習生のドラマで、法律の知識に詳しい修習生が、「ツユダク」の意味を答えられずにずいぶんと笑われる場面がありました。「知識として知っていても、食べたことがなければ知らないのと同じこと」「食べたことのある人から話を聞けば、より詳しく知ることができる」といったやりとりがなされていました。たしかに、メニューにないツユダクを初めて注文するには勇気がいるでしょうし、それが通常の牛丼とどう違うのか、食べた経験があるのとないのとでは大違いです。
 
 プラハの街を…。雑誌や映像、インターネットで知識を詰め込むばかりではなく、たった一度の下手な「経験」をすることは大きな財産にもなります。社会人にはそう機会も多くありませんが、次こそは『プラハの街を歩いてみた』いものです。

J-PRESS 2006年 8月号