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私は「カメラ付携帯」で考えた
石黒

 先日、悪友のN君(43歳、富山市豊田在住)と職場から徒歩5分の居酒屋で食事をする機会があった。時刻は午後10時30分、まだネクタイをきっちり締め、脂ぎったサラリーマンでカウンターはほぼ満席。奥に見える座敷も学生と思われる元気な集団に占領されている。「ボク、生ビール中ね。先生は焼酎のお湯割りやったねえ。白海老の唐揚げ、甘海老のお造り、大根サラダ、ほたるいかの沖漬けもね」。早口でまくし立て、メニューを見ながら次々とオーダーしていくN君。5kmの早朝ウォーキングが自慢である。
 
 この居酒屋、なぜかN君のお気に入り。富山県民には見慣れた新鮮な山海の幸を前に、「なんちゅう旨いがぁ、こん見てみられまぁ、どうなっとんがいねぇ」と冨山弁の連発。客席を素早く訪問し、出来上がったお料理を運ぶスタッフの動きも秀逸。40歳を越えて腹が出てきた口うるさい我々も、つい無言で箸を動かす。突然、N君のビジネススーツの上着から「カメラ付携帯電話」が登場。「石黒さん、ちょっここっち向いて」、白海老をくわえ自然にポーズをとる自分が悲しい。
 
 「うちの子供達に、石黒さんの写真見せたら喜ぶがいぜぇ」「N君、いつからカメラ付携帯になったぁ」「何ゆうとんがいね、日本でカメラ付でないが、石黒さんだけやわ。M先生も先週カメラ付になったし」。2003年、第1四半期の携帯電話販売台数1190万台、うち約74.5%がカメラ付。ムービー、TV電話も当り前。奥の座敷では、男性客数人が熱く肩を抱いてポーズ、御膳に運ばれたホッケを持ち上げポーズ、合わせて100歳超えの女性3人が満面笑みでポーズ。
 
 タイに住む友人K君に、日本の急速なカメラ付携帯電話の普及、同様な事柄が性急に伝播する現状を訴えた。K君曰く「日本には所得階層があっても明確でなく、大多数がそれを自覚せずに消費行動を決定する。企業もマーケティング戦略が容易で、流行も作り出すことが可能である。ボクはNOKIA(フィンランド製)を使っているが、数千円のを使っている人、カメラ付に換えた人など多種多様。富裕層対象にサファイアを使った70万バーツ(約190万円)の携帯電話も売れている」
 
 カメラ付携帯電話がJ社(現V社)から発売されたのが2000年11月。わずか3年間で、北陸の小都市の居酒屋にも蔓延。否、颯爽とマウンテンバイクにまたがる中学・高校生、百貨店の紳士服売場で品定めする客、カフェで小休止しながら書類をまとめる会社員、物販店の内装工事でクロスを張る職人、空港で出発便の遅延を苛々しながら待つ搭乗客。何千何万ものポケットの中で、「カメラ起動中」とディスプレイに表示された携帯電話が、一斉に出番を待っている。

J-PRESS 2003年 11月号