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あいさつの作法
深田

 デパートやファミリーレストランへ行くと、業務上のとてもていねいなあいさつをされることがあります。私はあのあいさつに、いまだに慣れることができません。
 「いらっしゃいませ」と相手に深々と頭を下げられているのに、こちらは客だからといって返事もせずにふんぞり返っていていいものなのか。「○○ヘようこそ」と元気に言われたら、負けずに「ようこそやって来ました」ぐらい言うべきなのではないだろうか。
 言われるたびに、どうすればいいのか悩んでしまいます。しかし結局は、何食わぬ顔を装い足早にその場を離れるなり、小声であいまいに返事をすることになります。その後しばらくは心の中が千々に乱れている状態が続きます。
 
 先日、この心の乱れが頂点に達するような出来事が起こりました。それは閉店寸前の時間に某デパートの最上階にいたときのことです。閉店を知らせるアナウンスが流れ出したので、私はあわてて一階へ降りようとしました。すると、各階のエスカレーターの降り口に数名の店員が待ち構えていて、降りてくる客一人ひとりに「ありがとうございました」と笑顔で声を掛けているのです。
 その日は、何を買おうか迷った挙句、何も買っていない手ぶらの状態でもあり、耐えることのできない時間でした。一階にたどり着いたときには精神的にへとへとで、もつれた足で逃げるように帰宅したのでした。
 
 店側からすると、マニュアルにしたがって、だれに対しても同じ態度をとっているだけなのでしょう。しかし、あいさつされる側には「こういうふうに答えるべき」というマニュアルはありません。私のような気弱な人間でも、気後れすることなく対応できる方法はないものでしょうか。
 
 もうひとつ、最近どうしても違和感をおぼえるあいさつがあります。
 「いらっしゃいませこんにちは」コンビニやドラックストアへ入ると、よく耳にするようになったフレーズです。「いらっしゃいませ」と「こんにちは」の間に一呼吸もなく、一つの単語として聞こえるのです。「いらっしゃいませ」は気にならないのですが、「こんにちは」の部分は何か変だと感じてしまいます。近所の店で顔なじみのおばさんに「こんにちは」と言われれば、「こんにちは」とあいさつを交わします。では、全く面識のないアルバイト店員に「こんにちは」と声を掛けられたら何と返事すればいいのでしょう。
 
 時代が変われば、あいさつ・言葉も変化します。現在当たり前に使っている「おはようございます」「さようなら」「ありがとう」なども、最初から何の抵抗もなく受け入れられたわけではないと思います。現在、私がなじめないと思っているあいさつも、ごく自然に使われるときが来るのでしょうか。

J-PRESS 2002年 10月号