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私は「ゴーヤチャンプル」で考えた
石黒

 「ゴーヤチャンプル作ったから食べに来る?!」私の母が沖縄出身ということもあり、苦みが強い「ゴーヤ」とは結構以前からなじみが深い生活を送っている。「ゴーヤ」とはニガウリ、「チャンプル」には炒めるという意味があり、沖縄県民、最近では日本全国で夏バテ防止に効能があるとのことで人気だという。本場沖縄では、卵やハッシュドビーフ、木綿ごし豆腐を混ぜて各家庭でオリジナルの味を楽しんでいる。ソーメンを炒め、ツナ缶やサバ缶をほぐして炒める「ソーミンチャンプル」までもが存在することを耳にする。
 
 チャンプル料理は炒め物だが、インドネシアにも「ナシチャンプル」という料理があり、インドネシア人はもとより、主にバリを訪れる観光客にとっても見慣れた常用食である。「チャンプル」という語には「ごちゃまぜ」「かきまわす」という意味もあり、長崎の「チャンポン」も語源が類似しているのかもしれない。「チャンプル」の皿の中央には米飯が山高く盛られ、唐辛子やショウガ、コリアンダーなどのスパイスで調味され、赤や黄に染まった野菜や肉が周囲に添えられる。富山県民、とりわけ田舎育ち、おまけに40才を過ぎた私にとって米料理は大好物である。日本と同様に多彩な米料理をもつインドネシア・バリ島、緑の濃い田園の広がる田舎町は決して異空間ではない。
 
 日本からのフライトの大半は夕刻過ぎに、バリ島南部に位置するン・グラライ空港に到着する。到着ロビーに降り立った途端、アジア特有の濃密な甘い空気、バンコク、ボンベイ、カラチの夜の空港に降り立ったときの気配にも似た、奥底にある力をジワジワと見せつけるかのような空気が出迎えてくれる。
 
 翌朝、ホテルの庭から何種類もの鳥や動物の叫び声が、鋭い朝の光が、海の音とともに室内に流れ込んでくるのを感じる。絵の具箱をぶちまけたような原色のハイビスカス、ブーゲンビリアなど熱帯の花々に、かすかな線香の香りが混じり、竹のガムラン:ティンクレックの音色と相俟って、東南アジアのリゾートホテル特有の気怠い華やかさを演出している。そこに集まるアジア系の人々、独特の湿度を含んだ空気が、西洋のリゾートと違って気張らずに普段着のまま過ごせる、心身ともに思い切りリラックスできるオリエンタルな世界を形成している。
 
 ナシチャンプルの材料「米」を探るべく、4輪駆動のレンタカーを北上させる。何とかエアコンだけは付いている程度のレンタカーのマニュアルギアを駆使し、何百台、何千台のバイクと競り合い、センターラインが消え失せた道路を40分。途中1人2人・・・。女性が頭上に色とりどりの、神様への供物を頭に載せて運ぶ行列を何度も目にする。気怠い熱帯の午後、道端で昼寝する犬。5羽の子アヒルを引き連れた親アヒル一行の通過を待つため、ブレーキを踏むこと数分。簡単な地図しか持たない旅行者を導いてくれる高さ50cmに満たない道標。パパイヤ、ドリアン、スターフルーツを店一杯に並べてはいるが、商売の匂いのかけらも無く店番が昼寝している店。リヤカーの背に、1本10円にも満たないアイスキャンディーを載せ、子供たちに囲まれている人気者。
 
 突然、巨大な階段のように作られたライステラス(棚田)が姿をあらわす。2期作、3期作が行われる何千枚もの棚田が、太陽の光を浴びてバトゥール山から流れ出るアユン川と共に、見る者に衝撃を与える。水をたたえた棚田は光り、輝く川は息を呑むように美しく。この恵みをもたらす流れは、サヌールからインド洋へと流れ込んでいく。
 
 「どこかで見たことある!」 突然、少年時代に体験した既視体験に似たものをこの風景で感じる。「まてよ、このライステラスだけじゃない!」湿度を含んだ空気、人の行列、道端の犬、アヒルの親子、アイスキャンディーに群がる子供たち。鳥がいて、蛙がいて、風が吹いていて、その中にしっかり無数の水田が広がる田舎町。
 
 少し歩くと老婆が跪いて、川の流れに花を捧げ線香をあげている。もうカメラは止めよう、私は思う。
(後略)

J-PRESS 1999年 6月号