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36時間のSEOUL
石黒

 「○○ホテル エ カージュセヨ(○○ホテルまで行ってください)」、私のソウルでの36時間は、銀色に塗られたタクシーの運転手へのこの言葉から始まります。富山空港からわずか1時間50分で、鼠色と白に塗り分けた、決して華やかとはいえないアシアナの機体は、金浦国際空港の滑走路に着陸。富山便が到着する午後2時過ぎは、金浦国際空港のターミナルは1日のうちでいちばん空いている時間帯。入国審査、税関審査とも5分とかからず、「□△様御一行」「○×工業所御一行」のパネルが乱立する到着フロアに突然放り出されます。
 
 タクシーに乗り込めばホテルまでは30分。運転手は片言の英語で「不景気でねぇ、日本はどうだい」とお決まりの会話が続きます。アジアに蔓延している経済の停滞はここソウルでも無論深刻。都心へ向かう高速道路の交通量もめっきり減少し、車窓の風景をゆっくり楽しむことができます。しかし、ソウルの街を二分して流れる漢江(ハンガン)では、不況にもかかわらず橋の建設ラッシュ。地下鉄の新線も計画どおりとはいかないまでも着実に開通し、1年前からは金浦国際空港から1、2回の乗換で都心にアクセスすることが可能(所要時間40~50分、約50円)となっています。
 
 渋滞に巻き込まれることなくホテルに到着。見慣れたホテルスタッフはいつものごとくテキパキと動き、数分後には2日間お世話になる部屋で上着を脱ぐ。カーテンを開けると午後3時だというのに太陽は高く(日本との時差が無いため)、南山公園が静かにどっしりとソウルの街を見守っているのに気付きます。そこにドアをノックする音。ベルボーイが荷物を運んできて、「石黒さん、今日のソウルは暖かです。昨日は-5℃くらいでしたから」「私は日本の富山から来たんですけど、富山じゃ雪が50cmも積もっているんですよ」と外を見ると、2月だというのにソウルの積雪はゼロ。
 
 陽が沈むとやはりソウル、気温は氷点下3℃。とはいえ、焼き肉、キムチ、スープ、ネギお好み焼き…。「ソウルに来たのはこのためだ」と確認しつつ夜の食堂街へ。今回は「お粥」を攻めようと、ガイドブックで予習してあった明洞近くの「松竹(ソンジュク)」のドアを開ける。20席ほどのこぢんまりとした店は、地元の人たちで満席状態。私の顔はとても韓国の人に似ているらしく、オーダーも取りにきてくれません。誰か助けてくれないかと辺りを見回しても、みんな6時間煮込んでトロトロになったお粥に没頭していて…。「きのことカキ粥」にありつけたのはこれから20分後。英語も日本語も通じない店に入ったらこれくらいは覚悟しなけりゃいけないのかも。
 
 翌朝、うす暗いうちに早起きしてホテルに併設されている温泉へ。北海道から取り寄せたという医学的な効能たっぷりの「石」から湧き出る温泉です。昨晩の疲れとアルコールを抜こうと思って入ってみたら、備え付けのテレビからはCNNのニュース。多くのビジネスマンがこれからの仕事のために鋭気を養っています。私は観光客だ、休養のために日本を脱出してきたんだ、韓国グルメ旅行なんだと思いたくても、CNNは世界の為替レートを報じつづけています。早々に温泉を退散。やっとの思いでホテルのコーヒーショップへ逃げ込んだら最後、そこはスーツ姿のビジネスマンと新聞(KOREAN TIMES)で占領されています。 滞在時間はあと20時間。(中・後略)

J-PRESS 1999年 3月号